私は拘束・束縛が大キライです。

仲良しだからお揃いにする ってヤツですら息苦しく感じるし
行動においても「一緒に」を強要されると息苦しくてたまりません。

 

自己中心に振舞われるのが好きではないのだと思います。
だって、こういう人って、自分と意見が合う時はいいけど、
合わなくなると怒るし、強引に自分の意見通そうとするでしょ。

そういうのが面倒くさいのです。

 

束縛?!私の人生をも決めていた義父

 

こんなにも束縛とか拘束とかが大嫌いな私の前に、恐ろしい程の人達が現れました。
それは夫家族です。

精神的なモノも、時間的なモノも、とにかく束縛されたくない、自由でいたい。
誰にもコントロールされたくないのに私をコントロールしようとする強者が現れました。
義父です。

 

結婚することとなり「はじめまして」のご挨拶の時に、

 

  • 同居する事
  • 間取りは既に決めている事
  • 生活費は出して欲しいという事
  • 子供産んで働きに出て欲しいという事
  • 孫は自分(義父)が育てるから子育てしなくていいという事
  • 子供を抱く事すらしなくていいとの事
  • 私が働く職種を決めている事
  • 稼ぐために残業をして欲しいという事
  • 早く帰ってこなくていいという事

 

初対面でここまでの希望を言われました。
優しい口調で嬉しそうにニコニコと----。

 

嫁として、子孫を生み、家族のためにお金を稼いでくれ。
稼ぎは多い方がいいから○○の職に就いて欲しいという事を言われたのです。
そしてその稼いだお金で、老後の自分たちを養ってほしい。

という要求を「初めまして」の時にされたのです。

 

夫の実家は田舎で、義父の実家はそこから更に田舎なので、義父の世代は
男が主導権を握り、女は男性に言われるがままについていく・・・
こういう古い、古い、日本の生活環境が「普通」とされている感じでした。

夫はそんな義父に反発して生きていたようなので、言っても聞かない奴より
新参者の私なら自分(義父)の言う通りにするだろうと思ったのだと思います。

 

でも、ただでさえも、束縛がキライな私は、この義父の言葉が恐怖であり
「この家に嫁にくるのは間違えかも」と考えてしまうくらいブルーな気持ちになりました。

夫は「ああいう人だから、言わせておけばいい。気にしないで」
と言っており、実際にすべてを受け流して私たちの暮らしをスタートさせましたが、
これで憎まれたのは私一人です。

義父は私には適当な態度を取るようになり、夫には10年間、いいえ、20年経った
未だに呪いのような「将来の不安」を言い続けています。

 

 

 

束縛が愛情表現?!自分の好みを強要する義妹

 

こんな義父ですが、立派なお仕事をされてきた事もあり「表向きは」優しく接してくれました。
夫へは未だに執着がすごくて可哀想ですが、私へ期待しなくなったのか、最初のインパクト程
要求を言ってこなくなりました。

 

その代わりに・・・。
私が本当に苦しめられた存在は、義妹でした。

義妹は私と仲良くしたかっただけだと思います。
だとしても・・・。

義父とはまた違う角度から私の領域にグイグイ入ってくる感じが
私にはホントにキツかったのです。

義妹の場合、自分の思考を共用しようとする身勝手さがあり
全面的に自分の好みを押し付けてきました。

 

相手(私)がどう思うか。

 

なんて気づかいは一切ありません。
常に自分が中心でした。

なので、私が義妹に従わないのが面白くないみたくて、
気づけばずっと敵視ばかりしてきました。

 

田舎の素朴な子なのですが、何故か自分が流行の最先端という
自負があり、その視点ですべての会話をしてきます。

 

でも、それはもう1年も2年も前から世には出回っている古い情報です。
それでも「ヘー、知らなかった!すごいね」と言ってあげたり、共感してあげないと
不貞腐れるので、子供以上に子供っぽい感じが本当にキツイと感じました。

 

義妹の行為・発言はいつも「喜んでいる」と思わせなければいけない。
お揃いのキャラクターのバッグが送られてきて、ゾッとしても喜んで使わないといけない。
使わなければ露骨にムっとされ、次に実家で会う時は最悪な空気を出されていました。

 

『私はワガママだから』

と自覚はあるようで、常にそう言っていましたが、それだからこそ
「私に合わせろ」とばかりに私の事をコントロールしようとしてきました。

 

 

 

こんな性格を自覚してる義妹は、当時、義妹も新婚だったのに
新しいママ友を作ろうとしませんでした。
その分を私で埋めようとしていたのです。

 

『義姉なら私の言う通りになってくれるはず』

そう思って自分のワガママを100%私にぶつけてきて、
私に受け止めさせようとしてきたのです。

「お姉さんって優しいもの」

 

こういう身勝手な感情がそうさせたようです。
会うのは月1でも、その間、自分勝手なメールが
送られてくるので(友達がいない分の穴埋めです)
いつも義妹の存在を感じる日々でした。

 

夫は「何でもありがとうとだけ言ってスルーすればいい」
と言っていましたが、そこが私の器量の狭さ。
もうスルーすらできないストレスフルな毎日でした。

 

こうして限界になると、たまに送られてくる、趣味が全く合わないキャラクターモノの小物
を見るだけで吐き気がしそうで、建前でも使う気にもなれず(元々キャラクター嫌いなので)
使わないようにしていたら、それはそれで私が悪いように義父や義母に言いつけられる。

言う通りにするか
言う通りにしないのなら「イヤな奴」と言いつける

当時の私にはこの選択しかないように感じ、もうノイローゼだったと思います。

 

束縛は子供が生まれてから加速する

この義妹の束縛行為は、お互いに子供が生まれ更に加速しました。
子供同士がペアルックになるようにしたい・・・という要求がきたからです。

実家へ行く前日に電話がきて、

 

  • どんな服を着せるか
  • 何色の服か
  • どんな靴を履かせるか

 

全部聞かれました。

 

わが家の方が後に子供が出来た事もあり、すべてのおいて「私の言う通りにすれば間違いない」
として情報を送ってくる回数も増えました。

 

排気ガスを吸わせたらいけない

外で遊ばせない方がいい

 

自然に囲まれた義妹の環境とそうでないわが家。

 

そういう環境の違いなど、義妹には全く関係ありません。
『私の言う通りにしたらいい』
それしか基盤にないからです。

 

この頃にもなると、私も反発する事しかできなくなっていたので
すべてを拒否するようになっていました。

もう限界でした。

 

 

 

お世辞でも社交辞令も、何もかもが出来なくなり、義妹に対して拒絶心しかありませんでした。
義妹は義妹で、私が言う事を聞かなくなった事に、毎回腹を立てていて、
実家では私を睨んできたり、文句言ってきたり、イヤな態度しかしてきません。

唯一の救いである義母は優しいのですが、とはいえ、娘である義妹の肩を持つしかなく
一緒にいる時はやはり私に対し、冷たい態度をとってきました。

当時の夫実家は地獄でした。

 

嫁は黙って嫁ぎ先に合わせろ!

 

というのことだったのでしょう。
こんな感じから始まった結婚生活。

ここから「マイナス思考生活」がスタートすることとなりました。

 

 

 

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